聖夜の えとせとら
 


 
  笑顔咲く 二人 つながってたい
  もしあの向こうに 見えるものがあるなら
  愛し合う 二人 幸せの空
  隣り同士 あなたとアタシ さくらんぼ♪



 サーチライトもくっきり鮮やか、それは発色のいい画面が“売り”の薄型プラズマテレビの大画面の中では。アイボリー地にパステルカラーのタータンチェックという生地で統一されたベストとパンツ、それからそれから、襟元だけだとはいえ、やたらフリルの多いゴスロリ風のブラウス…という、いかにもな派手派手衣装にて。今年ヒットした“女性アーティスト”の可愛らしい歌を、ノリノリのマイクアクション&振り付けつきにて歌っている、背の高い“青年”が映し出されている。オリジナルを歌っている女性は決して“キャルキャルvv”としたカラーのはじけたボーカリストだという訳ではないのだが、お元気なラブソングが特にヒットしたせいか、可愛らしいティーンズ向けという感が先行しているらしくって。そんな彼女のこの曲を、最近大人びて来たけれど、それでもやっぱり明るくて素敵な“彼”に是非とも歌ってほしいというリクエストがあったから…という企画だったらしいのだが、

  「………相変わらず音痴だよなぁ。」
  「あ、ひっど〜いっ。」

 画面の中から視聴者に向けて指を差し“あなたとアータシ、さくらんぼ〜vv”っと歌いつつ、バックバンドのお兄さんたちと軽やかにステップを踏んで軽快に踊っているアイドルさんご本人が、悪態をついた青年のすぐお隣りから、そんな鋭いご指摘へ不平そうに唇を尖らせて見せた。
「だってこれって、収録の日にいきなり“じゃあ歌ってね”って言われたんだよ? 振り付けだってその時に習ったんだし。それを必死で練習して、2時間経たないほどで歌ったんだからね。」
「だからったってよ。」
 ここまで外しまくってちゃオリジナルの方のファンから怒られるぞと、そうまで言われるとさすがに…それはそうかもとも思うのか。アーガイル柄のセーターに包まれた大きな図体のその肩を、がっくりと落とした桜庭春人くんだったりするのだけれど。
“こういう番組も観るとはね。”
 アイドルやタレントやトレンディドラマ、オリコンチャートに流行のヒットソングなどなどという、メジャーで華やかではあるけれど…関心のあるなしが人によって随分とはっきりしてもいるだろう“芸能界”なんてものには、全く全然、関心なんてない彼な筈なのにね。
“まあ、僕への当てつけというか、面白がってのことなんだろうけど。”
 そんなことを自嘲気味に思いながら、ちらと目線だけを流して盗み見たお隣りさん。ホントはこういう観方をしちゃあいけないのだが、大型テレビの明るさのみとしたリビングルームの仄暗い中に。けぶるような浅い色合いの前髪の陰、額から鼻梁、それから口許へと。絶妙な繊細さでもって細い線が白く浮かび上がっている横顔は、そりゃあもうもう…視線が吸い寄せられたまま引き剥がせないくらいの魅惑をたたえていて綺麗で。世に言う“匂い立つような”っていう美しさとは、こういうのを言うんだろうなって思うほど。澄ましていると冷たい印象の強い、凛然とさえたその横顔の、ほとんど どこも動かさないままで薄い口許へ寄せた、上品なデザインのスリムなグラス。その底に近い辺りから細かい泡がかすかに列をなして浮かび上がって、金色の飲み物がまだ活性していることを伝えているのへ、これも金色の睫毛の陰で小さく小さく瞬きをしてから“くすん”と微笑ったのが、
「………。」
 仮にも芸能人である桜庭が、声もなく見とれるほどに妖冶で、端麗で。冷えたジンジャエールを飲むために、グラスの薄い縁を軽く挟んだ彼のそんな口許が、ふと。別な何かへ反応し、今度は判りやすくもはっきりと、笑う形を象った。
「…どしたの?」
「だって、お前…。」
 真っ直ぐ前を向いたまま、細い指が差した先の画面の中にて。曲の終わりに決めポーズを取った桜庭が、自分で剥ぎ取ったハンチング帽の下から、可愛らしいトンボ玉つきのヘアゴムで上の方だけ掬って結われた髪が現れたもんだから。せっかくの二枚目がそこまでやるかというとんだ道化振りに、堪らず吹き出してしまった蛭魔だったらしい。細い肩を震わせて、くつくつと低い声にて笑い続ける愛しい人の、彼には珍しい屈託のなさへ、
「………。」
 やはり見とれてしまう桜庭くん。肩から力を抜いてすっかりと寛いだ様子でいる彼なのが、こちらへまでも擽ったいほどの幸せな暖かさを届けてくれる。油断も隙もないからと、誰をも信じず凭れずに、いつだって何に対してだって ぴりりと張り詰めてた孤高の人だったのにね。細い背中を薄い肩を、凛と張って強かに。いつだって攻撃的で、決して弱々しくはなかったけれど、でも。誰にも頼らずにいた君が、何でだろうか。とってもとても もどかしかったよ。
“僕なんかの何十倍も頼もしい人なのにね。”
 ホントは優しい人なのに。そうだって気づいた自分をさえ、危険だから傍に寄るなと振り払った、ホントは自分にこそ厳しい人。なりふり構わず、何でも自分の利につなぎ、あらゆるものを踏みにじって来た人非人…に見せかけて、その実、関わりを持てばそのまま厄介しか招かない自分自身へ誰をも近づけまいと頑張っていた悲しい人。そんな彼を守るには、そんな彼を安堵の中に包み込むには、それ相応に深くて広い懐ろを持てるほどの、人間性の“厚み”が必要なのだろうなと思い知ったが、それでもね。いきなりそんな人にはなれないけれど、頑張るからと。もうこっそりと息を殺して泣かせたりなんかしないと誓ったからね。
“…今はまだ却って“お荷物”なのかもしれないけれど。”
 自惚れないで真摯に、自分の器は重々把握した上で、日々こつこつと頑張るからと約束したら、何とも言えないお顔でそれでも…微笑ってくれた優しい人だったから。

  ――― ねぇ、ホントに。

 僕、頑張るからねと、聖夜のお星様にも改めて誓いたい桜庭くんへ、
「………笑い過ぎて腹が減った。」
「笑い過ぎては余計だよう。」
 ジンジャエールだけで酔ったのか、随分とハイになってる美人さんのお言葉に、一応は膨れもって言い返してから、
「そろそろ焼き上がるよvv
 打って変わってにっこりと笑って見せつつ、ソファーから立ち上がる。この番組のこのコーナーの始まる前に、オーブンへと仕込んだお料理があって、勿論のこと、妖一さんからのリクエストを受けての品。長い脚の広いスタンスにてたかたかと、間接照明オンリーのリビングから出て行き、キッチンへ。しばらく待つと、胡桃色の木目が素朴な横長トレイを抱えて戻って来た桜庭で。ローテーブルへと降ろされたそこには、十分な暖房が効いている室内でもほわりと湯気が立ちのぼり、表面のチーズの縁がまだぐつぐつと煮え続けている、熱々のチキンとしめじのドリアが載っていて。
「熱いから気をつけてね。」
 大きな皿に一度に作ったものを、大きなスプーンで銘々の取り皿へまずはとよそい分けた桜庭シェフだったが、
「…熱っちぃっ☆」
 言った端から肩を撥ねさせ、スプーンを放り出さんばかりの反応で、きゅうと眸を瞑った妖一さんへ、
「おいおい…。」
 こういうところが、可愛いやら意外やら。
「妖一ってば、ホンットに猫舌だよね。」
「うっせぇな。」
 ついでに言うと、だってのに熱いものが大好きという、自分にまで臍曲がりな困った人でもあって。そういう性分だと知ったもんだからと、お得意のリゾットを…でも少ぉし冷めさせてテーブルへと運んだら、人を赤ん坊扱いすんなとマシンガン掃射つきで怒られたばかり。とはいえ、
「気が短いのは判るけどサ。痛い思いをするのは自分でしょうが。」
「うっせぇなっ。」
 お説教が嫌いな彼からの反応にも慣れたもの。ヒリヒリするのだろう舌の先を冷たいジンジャエールで冷やしている“怪我人”の傍らで、自分のお皿に取った分、銀のスプーンに掬い取ってふうふうとよく冷ましてから、
「…はい。」
 きれいな手でどうぞと差し出された一口分。あまりになめらかな仕草だったものだから、間近に寄るまで払いのけようとさえ思えないまま。気がつけばあまりに至近に迫っていたので、退けるには微妙にタイミングがずれ込んでおり。
「…っ。」
 ウッと少々たじろいた悪魔さんだったが、どうせ誰ぞが見ている訳でなし、あ〜と…それでも少しばかり遠慮がちに口を開けば。よほど慣れているのかと思わせるほど、手際よくスプーンが口の先へとすべり込んで来て、ついと触れた前歯で自然と掻き込ませるタイミングもお見事に、心地よく食べさせてくれる桜庭であり。
「こないだまで、ほら、ナースもののドラマの患者役してたからね。」
 プロの介護士の方を招いての演技指導もあったしっかりした作りだったので、なかなか評判を博していたらしく、その現場で見てて覚えたのと、屈託なく笑ったアイドルさんは。時々は自分も食べつつも…幼い子供を相手にでもしているかのように、どこか楽しげにドリアをスプーンに掬っては、ふうふうと丁寧に吹いて口許まで運んでくれて。
「そろそろ食べ頃になって来たよ。」
 言いながら、最後の一口ということか、差し出したスプーンへ。だが、
「………。」
「妖一?」
 口を開かなくなった美人さん。もうお腹が膨れたの? 小鳥のような仕草にて かくりと首を傾げると、スプーンと桜庭の顔とを交互に見やるから、

  “…あ。”

 合点がいって、はいはいと苦笑。掬い直した新しいお匙の先へ、ふうふうと尖らせていた唇の先をちょんちょんと軽くくっつける。口許で触れて熱さを確かめるこんな仕草は、さすがに…介護士の方がやったのを学んだそれではなくて。実は自分の母親が小さい頃の桜庭を相手に見せてくれてた自然な仕草。それをちゃんとやって見せると、今度は口を開いた、相変わらずに我儘なお兄さん。


 ――― そういや、お殿様とかって猫舌な人が多かったんだってね。
      遠い厨房で作られて、しかも毒味されたもんしか食わなかったからだろな。
      妖一も“お坊っちゃま”だったから猫舌なの?
      そんな訳があるかい。


 他愛ないことを俎上に載せては、ごちゃごちゃしたりクスクスと笑い合ったり。そんなこんなしながら、しんしんと静かに更けゆく冬の夜の冷たさ素っ気なさを、他所ごとのように窓の外に見つつ、お互いの体温に暖められて過ごす至福。日頃の人前では殊更に派手なお二人だからでしょうか。聖なる夜は、それは穏やかに…静かに静かに。此処に居ることさえ内緒にしての“二人きり”を、堪能して過ごしていらっしゃる模様でございます。







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 自分チの近所の夜空はネ、今時分だとビロウドのように奥行きのある漆黒がただただ広がっていたのにね。地上の明るさが反射するのか、ビルの上にわずかに覗いている街の夜空ってば、暗くはあるけど結構存在感が薄いんだなと何となく思った。そうまで夜が更けていても、街にあふれる人の波はなかなか絶えないからかも知れずで、
“クリスマス・イブだから、かな?”
 実を言えば、例えば夏場のこの時間帯なんかだったら、そんなに差はない雑踏なのだが、そんな時間帯の街の顔なんてろくすっぽ知らない瀬那だったから、単純に“クリスマスって凄いや”なんて、感心していたりする。ビルの壁面を占める大きなショーウィンドウやら、店の名前を掲げた電飾看板やらの他にも、広場やコンコースなどにはツリーが飾ってあったり、見慣れた像なんかへこの時期だけのライトアップがなされていたりし、街路樹や街灯には、長々としたコードで巻きつけられた小さな電球たちによるイルミネーションが、星のように瞬いている。そういった華やかなディスプレイも、賑わいの方にしたっても、いわゆる“便乗”も良いところで。本来の意味から聖なる夜を祝おうとしている、敬虔な人がどれほどいることか。…まま、それを持ち出すと、
“他人のことは言えないんだけれどもね。”
 小さな肩をちょびっと竦
すくめるセナであり。12月が押し詰まってもなかなかまだまだ暖かい冬ではあったが、それでもこの何日かはやっとのこと、季節らしい気温になって。それでのコート姿が目につく人波を、何ということもなく眺めていた彼の小さな肩へ、ぽそんと大きな手が載って、
「………あ。」
 我に返って振り仰げば、いつもの高さに大好きなお顔。こんなところに待たせていてすまないと案じるような眸をしたのへ、ゆっくりとかぶりを振って、
「いえ。」
 にっこり笑ったセナであり、黒いコートを羽織った大きな体躯に寄り添うようになって、舗道を並んで歩き始める。

  『お母さんから映画の招待券をもらったんです。』

 雑誌社に勤めるセナの母親が、この冬話題のと銘打たれた感動大作映画の招待券を会社でもらったらしく、とはいえ、本人は例によって年末ぎりぎりまで忙しいのでと、あなたが使いなさいとありがたくも進呈されて。それで…思い切って進さんにお声をかけてみたところが、年明けのライスボウルまでは間があるからか、構わないぞといいお返事。しかもしかも、
『ならば、クリスマスに観に行かないか?』
 そんな風に進さんの側から付け足して下さって。この、キリスト教の信者でなくともセンチメンタルな気分になれる特別な聖夜に、されど…昨年もその前も、実を言えば離れ離れになって過ごした彼らだったから。クリスマスの前後に催される、高校アメフトの祭典。全国大会にあたる、その名も“クリスマスボウル”にどちらかが出場するという形で関わったからこそという、言わば“誉れ”のせいではあるものの。年末までをばたばたと過ごす運びとなったあおりで、せっかくの冬のまとまった休み中に慌ただしさに揉まれて ろくすっぽ逢瀬を楽しめなかったのも…寂しかったのも、看過し切れない事実ではあったから。その2年分をも取り返そうじゃないかと、洒落たことを言い出したのが、

  ――― 他でもない、あの、進清十郎さんだったから。

 生まれてこの方かどうかまではよく知らないが、およそその身に道着をまとい始めた小学生辺りから。スポーツや鍛練以外の何物へもその関心を向けなかった、自分の体を鍛え上げること、お爺様の教えに従い“強く正しい”男であること以外には目が向かなかった。そのお陰様で…ニコリとだって笑った顔を見た者はなく、鉄面皮というよりも感情というものの表現方法を知らないような朴念仁であった、そんな彼が。選りにも選って“クリスマス”なんて日を特別視しての発言をするとは、
『一体 誰が予測しただろうってね。』
 このところ磨きがかかって来たと噂の“演技力”のなせる技か、それとも素でそうまで驚いた彼なのか。セナよりもちょっとだけ、その傍らにいた期間が長かった桜庭さんが、そんな言いようをして大仰なくらいに驚いて見せたくらいだから、これは物凄くエポックメイキングなことだったのだろうけれど。
“あれはやっぱり言い過ぎですよねぇ。”
 言った直後に、ごつりと、すぐ傍に居合わせた本人から拳骨をいただいていたアイドルさん。そんな岩石みたいな拳で殴るこたないだろうがと泣き真似をしたお茶目な顛末まで思い出して、ついつい苦笑してしまい、
「???」
「あ、いえ。何でもないです。」
 以前だったら慌てるあまりに表情が固まったろうに、くすくす笑いは止めぬままで小さく首を横に振って見せたセナの側だって。人手が多いからはぐれて迷子にならないようにと、自分から身を寄せ、くっつくようになって歩けるようになったのは、最初の…遠慮がちで及び腰だった頃に比べれば随分と進歩したのだけれど、それでもね。明るいグレーのコートに包まれた小さな背中へ、大きな手のひら。ポンと軽く添えてそのままに、恋人同士が人目もはばからず腕を組んだり肩を抱いたりするのにもほど近い、そんなことを出来るようになった進さんだっていうのは、これはやっぱり物凄い変化であり進歩だろうとセナでも感じる。映画はセナの奢りだったから、だったら晩餐は自分が持つからと。さっきまでいた洋食屋さんへ、クリスマスディナーの予約を入れておいた彼であり。そこへと足を運ぶまでセナへも全く知らされてはいなかったことで、そんなことまで出来るようになっていたとは…と、失礼ながらセナ本人もビックリしたし。空港を舞台に、思わぬ窮状に追い込まれた青年を、その真摯な懸命さに心打たれた周囲の人たちが温かく見守り助けてくれるという感涙ものの映画を観ていて。涙もろいセナがその大きな瞳を溺れさせかけていた窮状へこそ、大きなハンカチを何枚も何枚も出してくれた心くばりも、昔の…ほんの2年ほども前の冬にはまだ、身についてはいなかったものだった筈。
「たまきさん、何でした?」
 デートの最中にセナが一人で待っていたのは、進の携帯へ不意に彼の姉からの電話がかかって来たからで、しかも途中で電源が切れた。そこで、手近な電器店へ飛び込んでバッテリーを買って来た彼だったからであり。だが、
「…。」
 小さくかぶりを振ったのは、大したことではなかったということか。ならいいですと、セナもそれ以上は言及せずに、お顔を前へと向け直す。キノコのポタージュとたらばガニのたっくさん盛られたサラダに、鴨のテリーヌ、香りのいいサフランライス。メインは特製ソースのかかったグリルハンバーグで、デザートには小さなケーキとオールベリーのシャーベット。なかなか豪華な晩餐をいただき、お腹ごなしに少し歩くことにした二人だったが、セナが向こう側の二の腕へ、まるでアクセサリーのように引っかけているものへと気がついた進さんが、長い腕を回してあっさりと取り上げ、
「え? …あ。」
 気がつかないほど鈍感ではないセナくんが、首を向こうへそしてこっちへとキョロキョロさせたのを見下ろしてから、
「…。」
 そんな彼のお顔の前辺りへ、あらためて差し出されたもの。音楽を聴くヘッドフォンに形の似た、ふかふかしたフェイクファーがついたイヤーマフだ。まだまだマフラーがいるほどの寒さではなかったが、念のためにと持って来ていた防寒具。店々の華やかな照明が、ガラス窓越し、街路を煌々と照らし出す明るい中にあって。小さな耳の縁を少しほど、赤くしていたセナだったのを見かねたから。持っているのならつけなさいとそう言いたい進さんなのだろうけれど、
「でも、これつけちゃうと…。」
 ただでさえざわざわとしている雑踏の中だけに、進さんのお声が聞こえにくくなるんですけれど。きゅう〜んと困ったというお顔になったセナへ、だが、進さんは譲らなくって。そんな風に舗道に立ち止まったままでいては、通行人のご迷惑になるぞ、あんたたち。
「…はい。」
 お気遣い下さるようになったと同時、その気遣いを滅多に引き下がらせることのない彼なのだったとも思い出し、セナは渋々受け取ると自分の耳へふかふかなマフを装着する。小顔で童顔、黒みが滲み出して来そうなほどにも大きな瞳をした彼が、そんなアイテムをつけようものなら。髪の長さこそ今時には随分と短いものの、それでも飛び切り愛らしい“女学生”にだって見えなくもないから…いやまさか、そんなことを狙った進さんではなかろうて。
“当たり前ですっ。///////
 あやや、セナくんから叱られちゃったです。
(苦笑) まだちょっと困ったお顔のままでいたセナだったけれど、そんな彼のふわふかな髪をぽふぽふと撫でてくれる進さんであり。さあ行こうかと、再び大きな手が背中に触れたので、
「はいvv
 これも条件反射というものなのか。こくりと素直に頷いて、寄り添い直したセナの側もとことこと歩き始める。凭れるほど寄り掛かってた訳ではないけれど、時々セナの頬が触れるほどになっていた進さんのコートの脇辺り。今はマフをつけちゃったから、その分、くっつくのも何だと当たらなくなっちゃっててね。でもでも、見上げればすぐにも進さんの方からも見下ろしてくれるから。それが寂しいとか寒いとかいうことはなく。むしろ、
「…。」
 信号待ちで立ち止まって、ふと。セナがじっと見やっているものに気づいてくれたのか。自分もそっちを眺めやり、そんなせいで信号が変わったことへワンテンポほど遅れてしまって。後から来た人に背中を押された格好で歩き出してしまった二人だったりし、
「あ。ご、ごめんなさいです。」
 いつもだったら…そうなる前に、セナをひょいっと担いででも無事に渡り始めてくれる人だったのにね。それよりも“何を見ていたセナだったのか”が気になった進さんだったらしいと判って。渡り切った先、街路樹を丸く囲ったレンガ積みがベンチ代わりとなって、ちょっとした広場みたいになってるところで、改めてお連れさんのお顔を見上げたセナくんで。
「こんな風なイルミネーションって、久し振りに見るもんですから。」
 この商店街の方々の手によってだろう、街路樹の枝々がまとわされた小さな明かりの星たちは、今年はやりの“発光ダイオード”とやらのそれ。発色がよく、熱も出さず、消費電力も少なくてすむという良いことづくめで話題となっており。ついでに言えば、その“発色のよさ”を買われてか、これまでは難しかった雪のような純白や氷のような蒼の光を使った、ブルートーンのイルミネーションが今年のトレンドなのだそうだが、
「これが大人っぽくてって流行っているそうなんですけれど。僕は、黄色っぽい前の明かりの方が好きかなって思ったんですよね。」
 白熱灯を使った電飾だと、どうしても白は淡い黄色になる。青も緑がかってしまう。よほどに強いワット数にすれば別だが、ネオン管じゃあないイルミネーションにそうまで電圧はかけられない。それが、発光ダイオードの出現で容易に可能になったからと、今冬はどこもかしこも青や白のイルミネーションばっかりで。シャープな印象がクールでスタイリッシュだから、大人のクリスマスという雰囲気が出ていいと受けてはいるらしいけれど、蛍光灯の寒々しさを想起させて、何だかなと、つい思ってしまったセナだったらしい。そうまで思いつつも…口に出したのは先の短いフレーズだけだったのに、
「…奇遇だな。」
 進さんは仄かに目許を和ませて、コートの下、タートルネックの襟元に顎先をつけつつ、小さなセナを見下ろしてこうと続けた。
「俺もそう思った。」

   ………え?

「寒々しい色だなと感じた。でも、それは俺が見慣れてないからかと思って黙ってた。」
 クリスマスなどという宗教的な意味合いのある電飾はこういうもんなんだと、そういうことなのかなと思っていたと。暖かみがないから前の方が良いとまでは言ってないのにね、自分も寒々しいと思ったと、まるで心の中まで深く読み取ってくれたみたいだったものだから、

  “…うわぁ〜。///////

 たちまちにして。セナが頬を真っ赤に染め上げてしまう。相変わらずに、そうそう判りやすく満面の笑みを見せるような人ではないけれど。思ったことを言葉に表すのも、まだまだ苦手な人であるらしいけれど、それでもね。セナには出来るだけ言葉を尽くそうとしてくれる。言わないでいることで悪く誤解されるのを、これまでは意に介さぬまま放っていられた人。だが、自分のそんなずぼらを悪し様に解釈しないばかりか、気を回したセナの側が“自分がいけないのだ”と誤解して傷ついてしまいもするのだと知ってからは。ちゃんと頑張るようにもなったし、そうなると。日頃が寡黙な人だからその分だけ、重いというのか希少だというのか。かけて下さる言葉の1つ1つが、セナにとっては…どんな言葉でも睦言に等しくなってしまうらしくって。
「…狡いなぁ。///////
「?」
 何がだ?と。首を傾げた騎士様へ、小さな王子様が恥ずかしそうにしながら小さな肩を竦めて見せて。
「進さんって、全然“不器用”じゃなくなってるんですもん。」
 こちらからの畏怖の念が強すぎたあまり、進さんの側から懐いて下ったその胸の裡
うちに何を思う人なのかがセナにも分かりにくくって。(苦笑) 最初はあんなにも“怖かった”のにね。そんなの性たちの悪い嘘だったみたいに、今や、セナの気持ちをすらすらと読めてしまえるよにまでなった人。涙もろいことも、流行のアジアンフードや辛いものは苦手なことも。ちょっぴり腰が引けたままだからか、強かで鮮烈でスタイリッシュなものよりも、じんわりと暖かいものの方が好きだってことも。ちゃんと判っている上で、セナがほわんと嬉しくなるようなことばかり、出来たり言ったりするよになって。
「対等になりたいって思って、頑張ってどんなに背伸びをしても、全然追いつけないんですもん。///////
 む〜〜〜っと。ちょっぴり子供のような所作にて上目遣いになって、頬を膨らませて見せる可愛い人。イヤーマフをつけさせたから尚のこと、これで次の春には大学生になるとは到底思えぬ幼さであり、
「…あ、笑いましたね? ///////
 本当に小さく小さく苦笑したところが、すかさずのご指摘が飛んで来て。ああ、やはり適わないなと、こちらこそが思ってしまった進さんであり、

  “俺の声が聞こえにくくなるなんて、関係ないじゃないか。”

 実の母でさえ長年の勘で付き合ってくれているほどに、それはそれは表情が乏しい上、口数も極端に少ない自分なのに。微かに眸を見開いたり、つないでいた手に少しばかり力が入ったそれだけで、何かを案じているのだとか問うているのだとか、すぐさま判ってしまう人。セナ本人はそれはそれは表情が豊かで、ささやかなことへでも軽やかに笑ったり、案じています困っていますと、こちらの胸の底を切ない非力さでぎゅううとつねり上げるような、何とも手の打てぬ自分がもどかしくなるほど、威力のある眼差しをして見せてくれるくせに。それではまだ足りないからと、気の利かない自分へ“狡い”なんて言い出す可愛らしい人。
“これはまた…。”
 桜庭にでも話を聞いてもらって、お詫びの仕方の対応策をアドバイスしてもらわねばならないかなと。もしかしなくとも、このお不動様が惚気話を持ちかけようと企んでいることなぞまだ全然知りもしないアイドルさんへ、ご愁傷様と感じてしまったのは、果たして筆者だけなのでしょうかしら。(こらこら)


  ――― 何はともあれ、

       
I wish you a Merry Christmas!





  〜Fine〜  04.12.20.〜12.25.


  *やはしクリスマスの恋人さんたちも書きたくなって、
   去年は結構頑張ったのに今年は無しなんて何だか寂しくて。
   セナくんBD企画でバタバタしておりましたが、
   何とかギリギリで間に合ってホッとしております。
   色んなパターンの人たちが一気に増えたんで、
   原作拡張Ver.のこの人たちの影が薄かったりもしましたが、
   頑張って盛り返させますんで、来年もどかよろしくです。

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